栗野 宏文

Hirofumi Kurino

Special Interview
2022.05.19 Thu

02. より良い素材開発でシーンを牽引していってほしい

 

ファッションと素材の相互関係はとても興味深く面白いというお話を伺いましたが、それは近年においても感じられますか?

 

今は素材のテクニカルな部分だけでなく、トレーサビリティ。つまり誰がどこでどのように作ったものなのか。それがどんな手段を使ってここまで運ばれてきたのかがわかることが重要になってきていると思います。供給側も生活者側もリアリティを持って素材について語るためには、機能とサステナビリティの両方を捉えなければいけない。洗えて、軽くて丈夫で、生分解するというところで留まっていては十分ではない。素材開発という言葉には、今後それら全体の価値観が含まれるんじゃないかなと思います。そういう意味では、「ソロテックス」はどんなことに取り組んでいるんですか?

素材の一部を植物由来にしたり、石油由来の部分に関してはリサイクルで賄ったり。できる限りのエコ化を進めています。

 

現代における素材開発はそこにコミットしていく必要がありますよね。機能性だけを追求してきたものとはまったく違う素材になるわけです。

ちなみに「サステナビリティを気にするとデザインや開発に制約が生まれる」という言葉を聞くことがあるのですが、僕はそれは言い訳だと思うんです。むしろそういう課題があってこそ、素材も衣類もファッションも進化する。本気でそこに取り組む前に言い訳をしていては、進化するものもしなくなってしまいます。そのことを真摯に受け止めながら、僕も含めアパレルにまつわる人たちは努力をしていかないといけないと思っています。

 

 

素材開発という視点で、今後に期待することはありますか?

 

やっぱり“機能性”と“環境負荷をゼロに近づける”ことを両方兼ね備えた素材の追求は必須条件だと思います。その代わり、例えば簡単に洗濯機で洗えなかったり、手洗い指定という条件が発生したりすることも僕はアリだと思っています。ユーザーに手間や負担をかけることになるわけですが、これからは作る側も使う側も全員が環境当事者としてちょっとずつリスクテイキングをする必要がある。そこを理解し挑戦することで新しい可能性が拓けてくるのだと思います。

食べ物に置き換えるとわかりやすいかもしれません。化学調味料を使えば手軽にそれなりのものが食べられますが、やはり体への影響が心配です。一方で、オーガニックであることを意識して料理をするには材料の調達も調理も手間暇がかかりますが、体にはいい。僕は日本の食文化は世界的に見ても優れていると思うので、その価値観は既に備わっていると思っています。それと同じような感覚で衣類の素材や縫製、生産工程に興味を抱けば、理解のスピードは速いと思うんです。

それに、そうやって扱わなければいけない服はきっと大事に着るようになる。飽きたら買い換えれば良いというものではなくなるはずです。そこに素材も大きくかかわかってくる。言うなれば“食育”ならぬ“服育”。そういったことも見据えた進化に期待したいですね。

 

 

素材に対しての価値観というお話がありましたが、日本の素材開発技術をどう評価されていますか?

 

素晴らしいと思っています。パリで行われる「プルミエール・ヴィジョン」という生地展があるのですが、僕は「プルミエール・ヴィジョン・アワード」の初代の審査員を務めました。ここ数年は行けていませんが、そのアワードでは毎年必ず日本の素材が受賞していました。

「プルミエール・ヴィジョン」は世界的に本当にレベルの高い生地展で、メゾンブランドやハイブランドの名だたるデザイナーたちが訪れる場所。その中にあって、日本の素材メーカーはいつも注目を集めています。ただ、技術というのはコピーされるもの。そしてコピーされたものはオリジナルより安価で流通されます。似たようなものが安価で手に入るならやはりそっちに人気が集まりますが、それでも日本の生地メーカーや素材メーカーには価格競争に巻き込まれて欲しくない。それよりも更にいいものを開発することでシーンを牽引していただきたいと思っています。

「ユナイテッドアローズ」のオリジナルの服も決して安いものではありませんが、安さで勝負するのはナンセンスだと思っています。それよりも、もっと飽きられないもの、もっと捨てられないものを作っていく方が建設的。「ソロテックス」を使わせていただいている理由の一つです。

 

 

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栗野 宏文Hirofumi Kurino
1953年、アメリカ合衆国ニューヨーク州、ニューヨーク市生まれ。1977年、大学卒業と同時に株式会社スズヤ入社。1978年にビームスに入社し主要ショップの店長、バイヤー、ディレクター、プレス、企画部長を歴任したのち、1989年にユナイテッドアローズ設立。2004年に英国王立美術学院より名誉フェローを授与。現在はユナイテッドアローズにて上級顧問クリエイティブ・ディレクション担当を務める。